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推古天皇3年(595)夏、早魃のため人々が苦しみ喘いでいたとき、
十一面観音が大聖尊歓喜天に化身してこの地に姿を現し人々を救ったため「聖天さま」として祀った。
浅草寺の礼拝後、
人生初の人力車に乗せてもらい待乳山(まつちやま)聖天を訪れてみた。
こちらの聖天様は霊験あらたかで、
T.M.Revolutionの西川さんなど多くの芸能有名人が礼拝しているというが
聖天信仰はご利益が大きい分、作法も厳格で怖いイメージもある。
信者になれば一生やめられないとか。。
また、
大日如来の権化身とも言われるため関西の真言宗系のお寺で見かけることの多い聖天様を
もともと天台宗だった浅草寺の支院で祀っているのは珍しいような気もする。
天台宗系で厳格な天尊信仰と言えば双身毘沙門天であろうか。
自由に本堂へも上がれるようであったが、
夕刻であったので聖天様は不在のはず。賽銭箱の前で合掌して失礼することにした。
また機会あれば、お供え物の大根を持って午前中に礼拝してみたい。
出世観音
●美味しいものガイド
・浅草 とんかつ中根☞
・サウス パーク☞
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1.主祭神…三社権現
●土師真中知命(はじのまつちのみこと)
●檜前浜成命(ひのくまのはなまりのみこと)
●檜前武成命(ひのくまのたけなりのみこと)
・東照宮(徳川家康)
・大国主命を合祀する
海の中から観音像を拾い上げた兄弟と、寺を建てた村主を祀るのも
本田善光家族を本堂で祀る善光寺とよく似ている。
2.現在の社殿…1649年 徳川家光が社殿を寄進(重文)
3.明治時代 神仏分離令で浅草寺から独立した。
4.招き猫発祥の神社
5.三社祭
●江戸時代まで
江戸時代には大祭前夜、神輿を観音本堂の外陣に安置
堂前の舞台でびんざさら舞も行われ、浅草寺と一体の祭りで「観音祭」又は「浅草祭」と呼ばれた。
祭礼は今のように本社神輿をかつぎ廻ることよりも、町内から繰り出された山車が中心で
各町がおのおのの趣向で行列の勢いと絢爛さを競い合った
祭りが終わると神輿三体を観音堂からおろして浅草御門の乗船場まで担ぎ
漁師の供奉する船に神輿をのせ、浅草川(隅田川)を上って浅草神社に戻った。
●明治時代〜現在
「町内神輿連合渡御」によって浅草氏子44ヶ町の町内神輿約100基が神社境内に参集
一基ずつお祓いを受けて各町会を渡御。
最終日には、早朝に神社の本社神輿3基が「宮出し」。各町を渡御し地域の氏子らが担ぎ廻る。
日没後に神社境内へ戻る「宮入り」を迎えて祭礼行事が終わる。
神輿の担ぎ手は神社奉賛会と神輿同好会があり
同好会の7割が暴力団員が代表で、祭りを仕切ってきた背景がある。
2007年には禁止と知りながら刺青褌姿で神聖な神輿に飛び乗って騒ぎを起こし、翌年の宮出しが中止となった。
浅草寺を礼拝したのは5日の祝日であったが
近隣の商店街では三社祭のポスターが貼られ、祭りの雰囲気が高まっていた。
機会あれば江戸っ子の粋な夏祭りを直に見てみたいものだ。
●美味しいものガイド
・鮨 橋口☞
・弁天山美家古寿司☞
・鳥多古☞
・丸太ごうし☞
・エヴ?☞
・ニュープラシッダ 浅草店☞
・うりんぼ☞
・竹三郎☞
・あんですマトバ☞(シベリア)
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新勝寺の成田市から京成電車で東京へ戻り、夜にスカイツリーなど浅草周辺を散策。
翌日に東京で礼拝してみたかったのが浅草の観音様である。
雷門 仲見世通り 宝蔵門
五重塔 影向堂(ようごうどう)
浅草寺の観音様の縁起を調べると
水中に落ちているところを発見された点や
お告げで絶対秘仏となったことや、お前立すら秘仏である点など
善光寺の阿弥陀三尊像に非常に似通ったものを感じる。
脇侍に梵天像と帝釈天像という配置は、愛知岡崎で礼拝した瀧山寺と同じだ。
堂内後方左右の厨子内には不動明王像と愛染明王像が安置され
宮殿の真裏には、秘仏本尊と同じ姿という裏観音が祀られている。
本堂は誰にでも開かれ、お願いすれば自由に内陣に入らせてもらうことができる。
昨夜ホテルで書き上げ、ギリギリ間に合わせた写経を納め
西国先達用の輪袈裟と数珠を持って宮殿前で礼拝した。
スッキリとした祭壇で、宮殿に掛けられた孔雀の柄の大きな戸帳が印象的であった。
風通しがよく、ご本尊様から受ける波動もなんともカラっとしている。
背後から大勢の参拝客の気に挟まれているせいかもしれない。
この明るい雰囲気は、これまでに訪れたお寺の中では随一だと思う。
般若心経を唱え終えてもついつい長居してしまった。
普段は公開されていないという伝法院の庭園を愛でる。
大絵馬・寺宝展も見学。初めて訪れた浅草寺だがとても有意義な時間が過ごせた。
直感で選んだ、ズッシリと重いお守りをいただき
影向堂でご朱印とお御影を授かりお寺を後にした。
youtubeに浅草寺の朝座の観音経があった。
かなりのスピード感あり、お不動さんの護摩経のようだ。
比丘。比丘尼。優婆塞。優婆夷身得度者…
乾闥婆。阿修羅。迦楼羅。緊那羅。摩睺羅伽…の唱え方は独特で初めて聴く。
次回礼拝する機会があれば朝座を体験したく思う。
●美味しいものガイド
・鰻禅☞
・うなぎ 色川☞
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・下町天丼 秋光☞
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4月28日〜5月28日まで、千葉の成田山新勝寺で「開基1080年祭」が開かれており
10年ぶりにご本尊がご開帳されると聞いて、初めて新勝寺を礼拝してみることにした。
霊験あらたかな成田不動尊には前々から興味があったのだ。
下り坂の参道は珍しい。
谷底の総門から真っ直ぐに貫く長い階段を上り切ると、大本堂が目に飛び込んでくる。
巨大な御柱には、お不動様から伸びた五色の紐が結ばれ
善光寺のご開帳と同じように、参拝者はこの御柱に触れて結縁するため長い行列を作っていた。
総門 仁王門(重文) 三重塔(重文)
開山堂 光明堂(二代前の本堂) 平和大塔
大開帳の期間は誰でも護摩祈祷に参加でき、内陣に入らせてもらえる。
眼前の大きな祭壇の上に矜羯羅童子と制多迦童子の姿はみてとれるが
肝心のお不動様は、薄暗がりの中で
漆黒の火炎光背と重なってなかなかな尊顔が拝せないのがもどかしい。
成田山特有のお経は護摩経典というのだろうか?
錫杖経にはじまり、理趣経、般若心経、ご真言が祈祷太鼓のリズムにのって物凄いスピードで読経されていく。
太鼓の音に飲まれて部分的にしか聞き取れなかったが、成田山法楽常用集を買って詳しく学んでみたくなった。
祈祷が終わると大勢の参拝客が我先にご本尊様の真下へ駆け寄って危ないくらいだった。
一列に並び、五色の綱に触れご真言を唱えて合掌。
期間中の内陣参拝者には、倶利伽羅龍王御分身の護符「剣札守(けんふだまもり)」が特別に授与される。
大切なお守りとしたい。
●美味しいものガイド
・川豊本店☞
・駿河屋☞
・そば酒房ひぐらし☞
・米分☞
・林田のおせんべい☞
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