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蓬莱庭園(海原に浮かぶ宝船と手前の亀) 琵琶湖を模した庭園 行基が掘った弁天池には「沈み鳥居」がある
✤大池寺のHP☞
・天平時代…行基菩薩
日照りに悩む農民のため、灌漑用水として
「心」という字の形に4つの池を掘り、その中央に寺を建立し、
一彫りごとに三拝したという「一刀三礼の釈迦丈六坐像」を安置した。
・鎌倉時代…東福寺の無才智翁禅師が禅宗へ改宗
・戦国時代…織田信長による兵火で伽藍焼失。ご本尊は無事。
・江戸時代…妙心寺の丈巌慈航禅師が復興
後水尾天皇、伊達宗房、織田主水正信らの寄進
小堀遠州作庭の蓬莱庭園
甲賀三大仏の続きで、最後に大池寺へ向かった。
小堀遠州が作庭した立派な庭園があるお寺で、枯山水など禅宗ならではの様式美に心惹かれる。
ご住職からお寺の沿革などの説明を聞き、蓬莱庭と本堂へ。
丈六大仏のご本尊、釈迦如来坐像に手を合わせる。
瓦敷きの床は禅宗の仏殿様式の特徴で、これは再興当時のままの姿だという。
帰り際に中国(台湾?)からの観光団体ツアー客が何十人と入ってきて驚いた。
この甲賀も海外からの観光スポットとして脚光を浴びているのだろうか。
ご住職も慣れたもので、通訳を通してお寺の案内をされていた。
●美味しものガイド
・生粉打 作美☞
・fleurおいしいパンケーキ店☞
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元は天台宗の寺であったが信長の兵火で焼失。
1661年〜広誉可厭大和尚により浄土宗知恩院の末寺として再建。
櫟野寺に続き、甲賀三大仏繋がりで十楽寺へ向かうことにした。
国道1号線沿いにある小さなお寺だが、檀家さんらがアットホームに迎え入れてくれた。
お堂の中で鎮座する阿弥陀様に合掌。御朱印をいただく。
許可の元、ご本尊様を撮影させていただいたことに感謝したい。
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792年 最澄が比叡山の根本中堂の用材を得る為にこの地を訪れた折、
霊夢を感じて此の地の櫟の生樹に一刀三礼の下、十一面観音を彫刻し安置した。
802年 鈴鹿山の山賊追討のため、杣ケ谷を櫟野まで登られた坂上田村麻呂は
櫟野の観音様に祈られ、その御力により鈴鹿山の群賊を平定することができたという。
806年 坂上田村麻呂により祈願寺となる。
七堂伽藍を建立。等身大の毘沙門天像を自ら彫って奉納した。
一昨年に東京国立博物館で展示されて話題となっていた櫟野寺の観音様。
本堂に戻られ、今秋33年ぶりの大開帳が執り行われると聞き甲賀に向かった。
長閑な町の中にあるお寺の山門をくぐると
境内にご本尊様と5色の綱で結ばれた御柱が見えてくる。
綱をしっかりと握って御結縁に感謝。
受付を済ませ本堂で礼拝。
祭壇の上部奥からこちらを覗く大きな観音様のお顔が拝見できた。
心経を唱えた後、続けて奥の収蔵庫へと入らせてもう。
厨子の中に納められたご本尊様と間近にご対面。
生きているかのような美しい表情にハッと息をのむ。
半眼の瞳は近づけば近づくほど瞼が開いたように見え
視線を合わせたまま、長時間厨子の前から離れられなくなっていた。
そうこうしていると
団体の参拝者が入場され、お坊さんの解説に聞き入る。
像高312Cmあるこちらのご本尊様は
坐像の十一面観音としては日本で一番大きな仏様だそうである。
大開帳は12月9日まで。
また、ご本尊の隣に安置された薬師如来像(重文)も素晴らしく
こちらは甲賀三大仏の一つになっている。
・櫟野寺(薬師如来坐像像)
・十楽寺(阿弥陀如来坐像)
・大池寺(釈迦如来坐像)
●美味しものガイド
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・マンマ・ミーア!☞
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